機械式腕時計の歴史

機械式腕時計のはじまり

現在、大部分の人が使用している腕時計はクオーツ式だと思います。クオーツ時計の実用化は1969年服部セイコーが初めて実現し、たちまち機械式の腕時計を追い抜いてしまいました。この1960年代以前のクオーツ式でない機械式の歴史について触れてみたいと思います。

機械式腕時計 服部セイコー

このような機械式の腕時計が作られ始めたのは、1910年代のことで日本的に言えば明治の終わりから大正の初めにかけてですので、せいぜい機械式は50年から60年くらいの歴史しかありません。人間の生涯に引き直すと、古い腕時計でもまだ老人の域には達してはいません。

少し前の腕時計

明治の終わりに作られた腕時計は、今ではあまり見られなくなりました。初期の腕時計は、ベルトを通す金具の幅が広くパリス型といってケースに固定されていました。きれのリボンや革のベルトをこの金具に通して使っていました。

明治時代につくられた腕時計ローレル

腕時計が日本に輸入されたのは1910年ごろのことになります。精工舎が初めて腕時計をつくったのは、上の写真の1913年のローレルで、翌1914年にはマーシーが作られました。いずれも懐中時計のムーブメントを腕時計のケースに入れたものです。売れ行きが悪ければ、懐中時計にも戻せるという逆櫓の戦法をとっていたのです。

その後、あまり売れなかったのか、それほど力を入れていなかったのか、第三の腕時計の生産は10年後の1923年のこと。しかし、グローリーと名づけられたこの腕時計は、試作品ができたのが8月31日で、翌日関東大震災が起き、生産は取りやめになりました。

社長の服部金太郎氏が、グローリーは震災でゴロリと参ってしまったから、これからはペットネームがやめようと言い出しました。この鶴の一声でしばらくはセイコーシャ19型とか17型セイコーシャなどという味気ない名前が続きました。

セイコーシャ19型

なお、グローリーも懐中時計と腕時計の兼用が予定されていました。これが生まれたばかりの頃の腕時計なのです。

初期の腕時計の評価

このころの腕時計の評価は、きわめて低いものでした。山口隆二氏の著書『時計』には、並級の懐中時計の寿命は平均5年から一生使えるが、婦人用腕時計は2~5年、男性用で3~10年と書かれています。