【懐中時計の構造】希少性の高い金時計と金張り懐中時計

懐中時計のケース

懐中時計のケースには、プラチナ、金、銀、鉄、赤銅、黄銅、ニッケルなどの金属のほか、べっこう、貝、水晶なども使われていました。日本でも明治時代のお金持ちや高位高官の人を描くときには、必ずといってよいほど、金時計に金ぐさりが添えられていました。

懐中時計 金時計

尾崎紅葉の『金色夜叉』にも、夏目漱石の『吾輩は猫である』もしかり。しかし金時計は、実際にはごくわずかしか輸入されていません。

日本の懐中時計の輸入個数

明治時代に日本に輸入された懐中時計の総数は、年平均でみると、次のとおりになります。

明治10年代 3万個
明治20年代 14万個
明治30年代 18万個
明治40年代 14万個

日清、日露戦争による好況期をのぞけば、だいたい年に10万個くらいで、そのうち金時計はせいぜい2%の2000個くらいだろうと思います。

金時計のお値段

金時計は、銀に比べるとかなり高い値段になります。およそ4倍から6倍はしたといわれています。明治20年代に発行されたと思われる田中時計舗のカタログには、ヨロン商会が輸入した鶴印で、銀側が20円から40円のところ、金側は80円から200円という高値でした。

もちろん、機種の違い、グレードの違いがあるので、単純な比較はできませんし、金と銀との比価の変動にも影響されますので、一概には決め切れません。

懐中時計 金時計

金側に似ていて、値段の安い金メッキはかなり古くから使われていました。メッキ側のことを、明治期の日本では、テンプラと呼ばれていました。ころもをつけることによって、中味を覆い隠すからといわれています。

金張りの懐中時計

金張り(ゴールド・フィルド)はアメリカのジェームス・ボスが、1859年に発明したもので、割り合い新しい技術になります。金張り(金着せ、かぶせ金)はメッキと違って、ブラス(真鍮)などの金属に厚みのある金の板をかぶせる技法です。いわゆる電気金メッキされたケースに比べて、金自体に厚みがあり、簡単にこの金張りが剥がれてしまうことはありません。懐中時計のケースメーカーは、その金の厚みによって、そのケースの品質を保証する年数を刻印しているのが一般的でした。
金の厚みにより、保証年数が異なり、
5年(12μ)<10年(24μ)<15年(36μ)<20年(48μ)<25年(60μ)
となっています。

実際には、25年保証であっても、1900年に製造されたケースであれば、1925年までの保証であるため、現在では保証は切れていることになるのですが、金の価値は十分に残っているため、金を買取してくれるところであれば、金の厚みに応じて買取もしてもらえます。
金張りの厚みは、往々にして懐中時計のグレードに比例している場合が多く、レディースサイズの17石なら、20年や25年。7石の並級品なであれば、5年や10年のような感じになります。

懐中時計のケースによっては、保証年数が記載されていない場合もあります。この場合には、ジュエリーショップで、ゴールドテスター等で調べて貰うのが良いでしょう。

アメリカの鉄道懐中時計は、性能の優れていることで有名ですが、そのケースは金側ではなく、すべて金張りやニッケルなどです。つまり金張りが、時計の優秀さの証明にさえなっているということです。

金張り 懐中時計