アンティーク懐中時計の発明や工夫のタイムラグ

一つの形式が始まり、あるいは終わるといっても、今と違い昔は情報の伝達が遅れていました。その上、時計職人の保守性もあって、ある国、ある年の時計師が新しい工夫をしても、それが他の町や地方に伝わり、時計生産全体に広がるためには、数年、数十年かかるのが普通でした。

イギリスは時計生産の先進国でしたが、イギリスでもロンドンのような大都市で始まった新しい発明や工夫が、数十年経っても地方の中小都市に住む時計師には受け入れられないことがしばしばありました。

まして、時計生産がそれほど盛んではない国の、孤立した時計師にまでおよぶのには、もっと長い年月がかかっただろうと思われます。

英国のCONDOR(コンドル)社はロンドン北部に本社を持つ1939年設立の会社

たとえば、懐中時計に宝石を入れてペアリングの役割を果たせさせる工夫は、1704年にヅイリエたちが果たしましたが、それが一般的に採用されたのは1800年代の中ごろになってからと言われています。イギリス製の鍵巻きの懐中時計でくさり引き、ペア・ケースというのは、どう見ても18世紀から19世紀早々のスタイルになります。
しかし、ホールマークは1918年で、時代はダボ押しを通り越して、竜頭巻きの懐中時計でさえ下火になり、腕時計時代を迎えようとしてたころなのです。

また、アメリカのウォルサム社の記録を見ても、1919年まで鍵巻き懐中時計を作っていました。それには時計を求める側の保守性も考えに入れなければなりません。それも時計の古い形式を部分的にではありますが、長く残す一つの根拠でもあったということです。

つまり、一つの考案、たとえば鍵巻き式がダボ押し式にかわるのは1880年代とか、丸テンプが切りテンプにかわるのは1766年のル・ロイの発明によってであるといいますが、それですぐに新しい技術が一般化するのではなく、数十年にわたって古い技術と新しい技術とが重なり合って、だんだんと変わっていったのです。

懐中時計 チェーン 金メッキ