アンティーク懐中時計と日本のかかわり

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どんな懐中時計にもその一つ一つに歴史があり、そしてまたドラマがあります。また、すべての時計は一つ一つに個性があり、一つとしてまったく同じものはありません。時計によっては、あるご家庭の御祖父様が御祖母様へプレゼントされ、それが子供・孫へと伝わり、いつしか売買に出され、骨董品として取引され、他の人のもとへ渡る…。そんな物語があるのも、歴史を超えて動き続ける懐中時計の魅力なのかもしれません。それでは懐中時計は日本とどのようにかかわってきたのでしょうか?

懐中時計はどうやって日本にやってきたの?

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懐中時計が、ヨーロッパから日本にやってきたのは、江戸時代のことと言われています。380年も前に、日本は鎖国という制度を定めてヨーロッパの国々との交わりを絶ちました。
それでもなお、わずかな数の時計がオランダを経由して日本に入ってきました。そして、日本に入ってきたそのほとんどの時計が、大名や大旗本の愛蔵品になったといわれています。

幕末の懐中時計は将軍のコレクションだった?

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徳川第14代将軍となった家茂は、動乱の幕末の時代に将軍職についたが20代の若さで亡くなりました。若い将軍の生活には苦労が耐えなかったことが推測できますが、そんな家茂の気分を癒してくれたのが、西洋渡来の懐中時計だったといわれています。
家茂の棺にはロンドンのジョン・ベンソンが作った両蓋の金時計が添えられていました。

明治天皇は金時計のコレクターだった?

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明治天皇は金時計のコレクターとして有名でした。外国の使臣から珍しい時計をしばしば贈られていたと言われています。明治天皇に習ったわけではないと言われていますが、明治の高官や富豪、大地主たちの胸には金時計と金ぐさりが輝いていました。この時代、懐中時計や金時計などは、エリートのシンボルでした。

昭和天皇がほめられた懐中時計とは?

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昭和二年、昭和天皇は政財界首脳との晩餐会において、当時13円50銭で売り出されていたシチズン16型の懐中時計を大いに絶賛したといわれています。天皇が公の席で特定の企業の特定の商品についてほめられたのは、これが最初で最後のことだろうと言われています。

まとめ

いかがでしたでしょうか?懐中時計は、輸入した物が主流と思いがちで、日本にはあまりなじみのない代物と思いがちですが、そんなことはなく、江戸時代からすでに日本にもたらされていたのですね。最も庶民には全く縁がなく、身分の高い人や富豪たちの手にしか渡らない高価なものであったようです。