【懐中時計の構造】懐中時計の誤差

懐中時計はなぜ狂うのか?

お客様がよく懐中時計の誤差(日差)を気にされていることがよくあります。
100年くらい前のものなので、見た目の状態がきれいでも、メンテナンスの状態が悪いと、極端な進み・遅れがみられるものも
珍しくありません。

ネットオークションなどでは、日差が5分くらいの懐中時計が、
『年代を考えれば、概ね良好な精度だと思います。』
というような表現で普通に売られていますが、実際日差5分というのはさすがに許容範囲外だと思いますので、オーバーホールが必要です。

平置きで1分以内、姿勢差があってもせいぜい2分以内くらいが目安ではないかと思います。

それでは、時計の誤差はどこから生まれるのでしょうか?
その原因は複雑です。

たとえば、機械的原因、素材のもつ原因などいろいろありますが、ここでは上のような姿勢差(ポジション・エラー)と温度差を取り上げてみます。

懐中時計の姿勢差

文字盤を上(ダイアル・アップ/D.U)にして時計を調整し、誤差なく動くとします。この時計を竜頭を上(ペンダント・アップ/P.U)にすると時計は後れがちになります。このように時計の置き方によってできる誤差を姿勢差といいます。

文字盤が上のときには、ホゾは丸められた端が受石の上を回るだけで、摩擦の起こる面が小さいのですが、竜頭を上にしたときには、接触する面が大きくなるので、それだけ摩擦が増えて歩度が遅れます。

時計の機械に調整済み(Adjusted)から二姿勢調整(2 Adjusted)、三姿勢調整(3 Adjusted)、四姿勢調整、五姿勢調整、六姿勢調整とあるのは、姿勢差をなくすために、そんな調整をしたかの証明です。

時計の誤差をなくし、耐久力を増すために硬い宝石が使われるのは、19世紀になってからのことです。初めて軸受にルビーを使ったのは1704年と言われていますが、工業化されたのは1825年にインゴールドによってであると言われています。手巻きの懐中時計では、普通7石から17石くらい、21石または23石が最大で、それ以上はあまり意味をもちません。

懐中時計の宝石

懐中時計の温度差

温度差によっても、時計の誤差は起こります。気温の上昇、下降によって時計の歩度は変化します。温度が上昇すれば時計は遅れ、下がれば逆のことが起こります。これを温度差といいます。

ヒゲゼンマイやテンプ輪の素材である金属は、気温の変化による影響を受けやすいからです。
古いモノメタルのテンプが付いている懐中時計では、温度変化をモロに受けるので、気温の差による影響は避けられません。
懐中時計の精度は、温度が1℃上がると時計は1日に約10.7秒の遅れがでます。
つまり、

ヒゲの寸法変化により   (-)15.88秒
テンプ輪の寸法変化により (+)15.04秒
ヒゲの弾性変化により   (+)11.23秒
計            (+)10.696秒

の遅れが計算されています。

温度差をなくすために、テンプについての改善が行われてきました。
改良されたテンプは、チラネジ付切りテンプと呼ばれるもので、真鍮と鋼の2種類の金属を貼り合せたもの(バイメタル)です。
テンプの腕と輪を、二種類の性質の違う金属を重ね合わせてつくります。
普通、輪の内側は鋼、外側を真鍮にします。支える腕も鋼です。
テンプ輪は、両辺をつなぐように腕で支えられています。これが「切テンプ」です。
テンプ輪には30くらいのネジ孔を開けて、頭の大きなネジをはめます。これが「チラネジ」です。

懐中時計のテンプ輪とチラネジ

この改良により、温度変化に対する精度は大きく改善されました。
姿勢制御機構を持つ懐中時計の多くは、温度制御機構も備えている場合が多く、テンプが上記のチラネジ付切りテンプであることがほとんどです。

時計を開けてみるとチラネジは普通16個から18個くらいありますが、もっと少ないものもあります。チラネジをはずして重さを減らし回転を早めたり、テンプのバランスをとるために加減したりします。普通に、チラネジ切りテンプといわれるものが、この補正テンプです。
しかし、このチラネジ付バイメタル切りテンプで精度が改善されたといっても全ての温度でテストされている訳ではありません。

温度の変化に伴う、

・ヒゲゼンマイの長さの変化
・テンプの膨張あるいは収縮
・ヒゲゼンマイの柔らかさの変化

といった要因が切りテンプとチラネジで吸収しているのですが、ヒゲゼンマイの特性の変化と、切りテンプの特性の変化は一致しているわけではありません。
ある温度で日差がほぼ0秒だったとしても、気温差がある場所では多少の誤差はあるはずです。
仮に、北海道と沖縄で同じ懐中時計を測定する場合、多少違う結果が出るのではないでしょうか。

…ということですので、アンティークの懐中時計を持つならば、多少の誤差は許容したいものです。
アンティーク懐中時計にクォーツのような精度を求めるのは本来酷な話です。

「アンティーク懐中時計とは少々ルーズなもの」

初めからそう理解しておけば、それほど気にすることもないかと思います。
懐中時計ですので、きちんと動いて時刻を示してもらうことは必須ではありますが、多少の誤差には目をつぶる。
少しだけ、そんな心に余裕を持ってみていただきたいと思います。